コラムは本日をもって終了
筆者は先月、65歳になりました。前期高齢者の仲間入りです。と言っても、見た目老いているようには見えず(先入観?)、体力の衰えもない(筈…)。多少、記憶に問題はあるかもしれないが、毎日、笑って楽しく生きている。まだまだ、これからや!単なる通過点じゃぁ~と思っていたのですが、役所から「介護保険証」なるものが届いた。これには参った。健常者に介護保険証が届く衝撃‼ってハンパないです。しかも「紙」の保険証。マイナンバーカードの情報をこっそり書き替えてくれればいいのになどと考えながらまじまじと見て、あぁ、そんな歳なのかと項垂れた。翻って考えてみると、昭和60年に証券界に入り40年の時を過ごしてきました。まだ現役の証券外務員として暫くは仕事を続けるつもりではいますが、担当顧客も高齢者が増え、そろそろ引き際を考えねばならない頃であり、仕事を少しずつ減らしていこうと考えるようになりました。そのため、読者の皆様には申し訳ありませんが、このコラムは本日をもって終了とさせて頂きます。ボランティアで書きつづけてきましたが、原稿を読み返してみると初稿は8年前。そんなに長期間書いていたのかと驚くと同時に、皆様の期待に応えるべく、結構時間を掛けて丁寧に書いてきましたので、少々、疲れてきたという事情をご理解いただきたい。
8年前に数年後には最高値を更新すると解説
8年ほど前に株式市場新聞社主催の講演会で2度講師としてお話させていただきました。その初回に以下のチャートを提示しました。
これはエリオット波動の5波動を参考に超長期のチャートによる解説です。保存したはずの講義録が見当たらないので思い出しながらこの原稿を書いてみますが、8年前というと日経平均は2万円台前半でした。その当時は89年の史上最高値3万8915円までは相当な距離がありましたが、私は数年後には最高値を更新するとして解説しました。
東京証券取引所は148年の歴史
東京証券取引所が開設されたのは1878年(明治11年)ですから、148年の歴史があります。日本初の証券発行は更に8年遡ります。1870年に明治政府がロンドン市場で国債を発行したのが始まりです。1878年に「株式取引所条例」が制定され、東京と大阪に取引所が開設されました。しかし、当時は江戸時代からの米取引の手法がとられましたので、現物取引より先物取引が中心だったようで、取引対象は主に日本国債だったということです。上場企業も数社あったようですが、鉄道会社や電力会社などの一部大企業に限られたようです。
大正後期から昭和初期は相次ぐ恐慌で暗黒の時代
大正後期から昭和初期は相次ぐ恐慌により暗黒の時代。第一次大戦では戦争特需で湧きましたが、1920年には年間で75%もの暴落になりました。1923年の関東大震災では震災特需もありましたが、震災時に乱発された震災手形の処理を巡り1927年に金融恐慌が起こります。そして1929年10月にNY株式相場で大暴落が起こり、世界金融恐慌へと暗黒の時代が続きました。ここが上昇第2波のボトムです。
戦後取引再開され信用取引導入で徐々に取引増加
第二次世界大戦に突入後、戦時中ということもあり1943年(昭和18年)に取引所は東京一カ所に統合されますが、1945年の敗戦時は取引自体が中止となり、再開したのは1949年です。ここから上昇3波がスタートします。当時、日本を統治していたGHQが先物取引の禁止を条件に再開となりました。1949年5月に東京証券取引所が売買を開始しますが、先物取引が禁止されたことで低迷。それを是正するために1951年に信用取引が導入され、徐々に取引が増加に転じました。
バブル景気で天井迎えデフレ経済でボトムへ
池田隼人内閣で所得倍増計画が発表され、日本は戦後の高度経済成長期を迎えます。途中、オイルショックに見舞われる時期もありましたが、1980年代にはバブル景気が到来し、1989年に日経平均は3万8915円まで上昇し、上昇第3波の天井を迎えました。その後、失われた20年と言われるデフレ経済が日本を襲い、2008年のリーマンショックにより上昇第4波のボトムを付けることになります。日経平均の安値は6994円と史上最高値から82%もの暴落となりました。このボトムからが超長期上昇波動の第5波のスタートです。
日本経済新たな成長機会探り24年2月に最高値
この当時、セミナー参加者でこの話を聞いても89年最高値を更新するという予測を信じた投資家は少ないと思います。しかし、バブル崩壊を経験した経営者が引退し、今後は積み上げられた内部留保を取り崩し、積極的に設備投資やM&Aを強力に推し進める若い経営者の登場により、日本経済は新たな成長機会を探る時代になるだろうからと説明したと思います。現実には日経平均は当時考えていたより少し早い2024年2月に最高値を更新。
講演当時挙げた目標株価は7万円
この講演当時に挙げた目標株価は7万円という数字だったと思います。それは89年バブルの最高値である3万8915円から2008年10月のリーマンショック安値である6994円の下落幅の倍返し(7万836円)というものです。今年2月には5万9332円まで上昇し、あと1万円か、速度が速いなと思いましたが、足元では米国とイスラエルがイランを攻撃したことで調整色を濃くしています。私は恐らく当面、2月高値を抜くのは難しいのではないかと見ています。最高値更新から7万円相場へ発展するのは2030年前後ではないでしょうか。
今後2~3年は乱高下繰り返す
相場格言に「辰巳(たつみ)天井、午(うま)尻下がり、未(ひつじ)辛抱、申酉(さるとり)騒ぐ、戌(いぬ)笑い、亥(い)固まる、子(ね)は繁盛、丑(うし)つまずき、寅(とら)千里を走り、卯(うさぎ)は跳ねる」というものがあります。「辰巳(たつみ)天井」の勢いが熱を帯びて急騰し今年2月まで高値追いしましたが、天井形成時、毎日同じ銘柄が勢いを伴って上昇し、ファンダメンタルズを逸脱する動きとなりました。その動きを見て、私は2月半ば以降、警鐘を鳴らすコメントに終始しました。今後、2~3年は個別株は別として、指数は乱高下を繰り返すものと思われますのでご注意ください。
今回の相場の天井はまだまだ先
ただし、今回の相場の天井はまだまだ先で、2060年ぐらいではないでしょうか。1870年からスタートした上昇第1波が1920年に天井打ちし50年間の上昇が終わりました。そこから10年間の調整局面を経て底打ちとなる1929年の世界大恐慌が上昇第2波のボトムでした。そこから約60年間の間に高度成長期とバブル期による上昇第3波の天井を経て、約20年後のリーマンショック時(2008年)に上昇第4波が底打ちしました。
上昇第3波が一番値幅と期間が大きく長い
現在は上昇5波進行中ということになります。となると、そこから50年~60年後に日本経済の大天井が訪れることになりますが、エリオット波動の特徴は上昇第3波が一番値幅と期間が大きく長いという特徴があることから、上昇第5波は60年には至らず、50→60→50と上昇第1波と同程度の50年ということが予測されます。
長らくのご愛読ありがとうございました
長くなりました。「転ばぬ先のテクニカル」は本日をもって終了とさせていただきます。編集部の方から不定期でもいいのでお願いしたいと言われていますので気が向けばまた「気づき」をお伝えするかもしれませんが、取り敢えず本日をもって筆をおきたいと思います。長らくのご愛読ありがとうございました。皆様のご健闘をお祈りします。
日々勇太朗
提供:株式市場新聞社 marketpress.jp



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